謡ライブのつづき

画像
当日書き切れ
なかった、
原大師の
「道成寺」の
ワキ語りに
ついてです。

「複式夢幻能」と
呼ばれる能の
形式では、シテ
(主役)の役柄や
装束が替わるため
いったん中入りをします。
その間に当地の人が現れ、
一曲のモチーフであるその土地に
まつわるエピソードを
旅の僧に問われるままに、
あるいは独り言として話します。

ほとんどが「アイ狂言」と呼ばれる
狂言方が勤められるのですが、
唯一、「道成寺」だけはお寺の住僧
であるワキ方が語られます。

いわゆる「安珍清姫」の物語ですが、
この固有名詞は江戸時代以降に定着
したそうで、謡本では「山伏」と「長者の娘」
ということになっています。
「アイ語り」は、劇の進行に関わりの無い、
事情を知らない人が、その土地の伝承を
行きずりの僧に話して聞かせるという設定
ですので、淡々としていることが多いのですが、
「道成寺」の「ワキ語り」は、釣鐘再興の日に
またしても鐘が落ちるという事件を受け、
当事者である住僧が、発端となった娘の
執念の凄まじさ、恐ろしさを語るの
ですから大変迫力があります。

前置きが長くなりました。
原師の語りは、目を閉じて聴いていますと、
逃げる山伏の必死の形相、
浅瀬を探して川辺を上下する娘の姿が
ありありと脳裏に浮かんでまいりました。
「鐘は湯となり」では、頬に火照りを
感じましたし、最後は自身も焼き尽くして
しまったのだろうな、という哀れさや悲しさ
まで伝わってきました。

「道成寺」という大曲のパートを取り出して
聴かせていただくという機会はめったに
ないと思いますので、貴重な体験でした。

後の懇親会で、お客さんの質問に
真摯に、そして丁寧に応えておられた
原先生のお姿も印象的でした。
「最初から最後まで舞台で座っておられる
ことが多いですが、足は痛くないですか。」
という質問に、「ものすごく痛いです。でも
何事も無いように立ち上がり、幕に入る。
そうすることで舞台を壊さないようにするのが
ワキ方の最低限の仕事だと思っています。」
と答えていらっしゃいました。当り前なのかも
知れませんが、そのプロ意識には
頭の下がる思いがしました。

写真は9月7日、ライブ当夜の三日月と
明星(金星?)です。

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!

ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。

→ログインへ

なるほど(納得、参考になった、ヘー)
驚いた
面白い
ナイス
ガッツ(がんばれ!)
かわいい

気持玉数 : 0

この記事へのコメント

この記事へのトラックバック