神田明神

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東京の宝生能楽堂はJR水道橋駅の近くです。
宝生別会を拝見する前に隣の御茶ノ水駅まで
足を延ばし、神田明神に参拝してきました。

例によって夜行バス(今回は「青春」のつかない
3列シート)で行きましたので、朝早くから
開いているのが神社仏閣に限られているという
事情もあますが、前から是非一度訪れて
みたいと思っておりましたので。

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御茶ノ水駅のたもと、聖橋(ひじりばし)から見える
神田川の風景です。JRの中央線と総武線が乗り入れ、
地下鉄丸の内線が地上に顔を出しています。
電車が4編成、同時にやって来ました。

聖橋を渡り、湯島聖堂の横を通って神田明神前の
交差点を右に曲がればすぐに鳥居がありました。
上掲の随神門をくぐり本殿の参拝を済ませてから
しばし散策。本殿は関東大震災で旧本殿が
倒壊した後、当時の神社建築としては画期的な
鉄骨鉄筋コンクリート造りで昭和9年に完成した
もので、東京大空襲にも耐えたそうです。
木造の伝統的なデザインを踏襲した美しい
建物でした。

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季節もお日柄も良いとあって、早い時間から
結婚式が行なわれていました。巫女さんも
忙しそうです。

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今回訪れた目的のひとつ、「銭形平次の碑」です。

♪なんだ神田の明神下で
  胸に思案の 胸に思案の月を見る

私にとって神田明神といえば銭形平次。
銭形平次といえば大川橋蔵。
碑の脇に建立発起人の方々のお名前が
石に彫られていましたが、その中に
大川橋蔵の名前を見つけて嬉しかったです。
台座が「寛永通寳」になっているのも
しゃれていますね。
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資料館が10時に開くのを待って見学しました。
お目当ては「宝生太夫勧進能絵巻」と「翁面」。
江戸時代中頃までは能の奉納が神社祭礼の
中心だったとのこと。長らく途絶えていたのを
平成15年、江戸開府400年を記念して実に
285年ぶりに「明神能」として復活。毎年
5月の神田祭で上演されるようになったそうです。
(現在は宝生流ではなく金剛流が出仕して
おられるとのことです。)
「猿楽町」という地名も残っており、
お能と縁のあるお宮さんのようですね。
神田祭の時にも来てみたいと思います。

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