「玉の光」の酒蔵

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某大学の何樫教授(TM内田百閒)に誘っていただき、
伏見の「玉の光酒造」の蔵を見学しました。

上の写真は入り口から見たお向かいの蔵です。
伏見は灘と並ぶ酒所。全国に知られた銘柄の蔵も
多い中、こちらは伏見の地酒と呼びたいような、
一味違った酒造りをされていて以前からファンでした。
白衣を着てヘッドキャップを被って石鹸で手を洗い、
消毒液を踏んでから入れていただきました。

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蔵の一隅に神棚がお祀りしてありました。小さな杉玉が
いかにも造り酒屋さんです。かわいいので欲しくなりました。

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麹(こうじ)部屋です。蒸し上がった酒米に麹菌を
まぶす場所で、酒造りの中でも最も重要で難しい
工程だそうです。この時は残念ながら作業はされて
いませんでした。壁にストップウォッチのようなものが
掛けらていますね。

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上の工程で出来たのがこちら、米麹です。もろみの発酵が
上手くいくように、お米の心向かって麹菌を食い込ませる
ようにするのが難しいとのことでした。上方落語に出てくる
「こぼれ梅」というのは、これのことだろうと思われます。

(「こぼれ梅」は、みりんの搾り粕のことでした。訂正いたします。2月10日)

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発酵タンクを上から覗いたところです。蒸して冷ましたお米
8に、上の米麹を2の割合。水を加えて発酵させます。
盛んに泡が吹き上がってきていました。これは二酸化炭素の
泡だそうで、比重の重いそのガスでタンクは満ちています。
なので、「けしてタンクに落ちないでください」という注意が
ありました。一瞬で意識を失って、あげく溺死してしまう
のだそうです。これぞまさしく酒に溺れるというものです。
「私たちも助けられませんので助けません」とのキビシイ
お達しでした。

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30日かけて発酵を終えたもろみをこの圧搾機にかけて
搾(しぼ)ります。酒袋は、かつては麻製でしたが、
最近は木綿のものが主流だそうです。ここで清酒と酒粕に
分けられます。右下のホースからでてくるのが即ち、
「しぼりたて」「槽口(ふなくち)」ですね。う~んゴックン。

説明は若い女性の蔵人(くらびと)さんがしてくださいました。
男社会だった蔵にも最近は女性が増えてきたという話題を
よく耳にします。彼女からも酒造りに対する熱意と愛を
感じました。

会議室では社長さんより、レクチャアがありました。
「純米酒と、ことさらに銘打たなければならない事態は、
実は造り手にとっても飲まれる方にとっても不幸な
ことなのです。」というお話が印象に残りました。
第二次大戦前は、お酒といえばお米からだけ造るものに
決まっていたので、純米酒という言葉は無かった。
戦中戦後、物資が不足したためやむを得ず混ぜものを
して量を増やしたのだそうです。先の工程で言いますと、
発酵の終わったもろみに、水と他の穀物から作った
アルコール、水飴(麦芽糖・ブドウ糖)、化学調味料
(グルタミン酸ソーダ)を添加して搾るという方法です。
お米の生産が回復してからも、国策もあってその製法が
続けられたのは、お酒にとって本当に不幸なことでした。
近年、ようやく等級制度が廃止され、その後の地酒
ブームはご承知のところですが、こちら「玉の光」さんは
それに先駆けてお米だけの酒造りを指向され、今日も
その姿勢を変えておられません。
「酒造りは米作り。米作りは土作り。」岡山県の農家と
契約して作り難い酒造好適米「備前雄町」を栽培して
もらっておられるとのことでした。

普通のことを普通に行なう。あたり前のことをあたり前に
行なうことが難しい時代であることをこちらでも感じました。
それと共に、お酒の素晴らしさも改めて感じました。
先の女性蔵人が「日本酒はこの風土でしか生まれない」
と熱っぽく話してくださいました。私は神様の賜りものだと
いう啓示というか霊感を受けました。真面目に造られた
お酒はすべからく御神酒であり、我々はそのお下がりを
頂戴しているのであると思うようになりました。たとえ
家で飲んでも居酒屋さんで飲んでも御神酒なのです。
昔、開高健が洋酒のCMでモンゴルでしたか、指先に
ウイスキイをちょっと付けて四方に弾き飛ばしていた
シーンを思い出します。土地の神様に奉げていたのでしょう。
お能ではよく、和歌の徳ということをいいますが、
お酒の徳というものも考えて良いのではと思い付いた
見学会でした。

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